「三国志」の時代を三国時代と呼び、魏、呉、蜀の三国が鼎立していたとよく解説される。だが、正式に三つの帝国が並びたっていた時期はほんのわずかでしかない。
後漢帝国が正式に滅びて魏帝国となるのが220年、劉備玄徳が皇帝と名乗り、漢の後を継ぐ蜀帝国を建国するのが221年、孫権が呉を帝国とするのが229年である。つまり、229年が厳密な意味での三つの帝国が存在する時代の始まりだ。
そして、34年後の263年に蜀が魏によって滅ぼされ、265年にはその魏が司馬炎によって滅ぼされ晋となる。呉が晋に降伏して滅亡するのは280年だ。つまり、三国揃っていたのは、34年間でしかない。
ところが、この34年間というものは、「三国志」の物語としては、エピローグみたいなものだ。作家のなかには、諸葛孔明の死のところで完結させてしまう人もいるくらいである。
「三国志」とは、厳密には三国時代の物語ではなく、「三国時代までの物語」なのだ。
2.登場人物500人、どこまで覚える必要がある?
「三国志」は時間的にも百年近くに及ぶ物語なので、最初のほうに登場した人物は、すべて途中で死んでしまう。冒頭から登場する主人公である劉備玄徳も死ぬし、途中から登場する諸葛孔明も死んでしまう。その他、多くの人物が登場しては死ぬ。戦死が多いが、病気でもけっこう死ぬし、暗殺される人もいる。
この時代に戦死した兵の数は、合計すれば何百万人にもなるだろうが、そうした無名の兵士ではなく、名前がちゃんと紹介され、台詞もある人物だけでも、500人は登場するといわれている。
羅貫中の『三国志演義』の日本語訳は、文庫本(ちくま文庫)で全7巻、吉川英治版は全8巻、横山光輝のコミックは最初の単行本が全60巻で、それを2巻ずつまとめた文庫版が30巻と、いずれにしても大長編。はたして、ファンは登場人物のすべてをちゃんと覚えているのだろうか。
すべてのファンが覚えているかどうかはともかく、可能か不可能かという点を考えると、500人を覚えるのは不可能ではない。
500人というと、ちょうど国会の衆議院の議員数とだいたい同じ。また、プロ野球12球団の一軍と一軍半ぐらいを合計しても、これくらいになる。それぞれを担当している記者ならば、だいたい覚えているはずだ。
まして、国会議員やスポーツ選手は入れ替わりがあるが、「三国志」の世界は、もう固定されている。その気になれば、登場人物すべてを覚えることはできる。
というわけで、熱心なファンは誰がどんな人物なのか、しっかり覚えているのだ。
それに、本当に主要な人物は30人程度。それさえしっかり頭に入れておけば、「三国志」を語ることはできる。
学校の同じクラスの生徒の数くらいを覚えればいいわけだ。しかも、みな個性的な人物ばかりだから、覚えやすい。
唯一の問題は、みな中国人なので、名前が日本風ではない点であるが、同じ漢字なので、たとえばロシア人の名前よりは、まだ親しみやすいだろう。それでも、最初に読む場合は、名前や地名にルビのふっていないものは避けたほうがいい。
さて、これで、知識ゼロから、知識5くらいにはなったはず。これから、「三国志」の物語に入っていこう。
3.結局、「三国志」で最後に勝ったのは誰なのか?
263年に蜀が魏によって滅亡し吸収され、その魏は、265年に司馬炎によって晋へと交代した。三つの帝国で残ったのは呉だが、これも時間の問題だった。
252年の孫権の死後、呉の皇帝の座は、10歳の孫亮が継いだ。しかし、そんな政権が安定するはずがなく、内部抗争によって、実力者の暗殺が相次ぎ、孫亮は廃位させられる。そして、258年に兄の孫休が三代目の皇帝になるが、264年に亡くなってしまう。その次を継いだのが、孫権の孫にあたる、孫皓だった。
彼は文学的才能もある優秀な人間で、孫権の時代のように呉を立派な帝国として再興しようという野心に燃えていた。
しかし、政権が内部分裂を繰り返していたため、国力も低下し、とても昔のようには戻れそうもなかった。さらに、隣の蜀は滅びてしまい、呉の将来も明るくない。
そこで、もうどうでもよくなり、やりたい放題の暴君になってしまう。贅沢三味に暮らし、気分で人事をし、逆らうものは残虐に殺し、民のことなど思いやらない。それでも、陸遜という名将がいたおかげで、魏もなかなか攻めてこなかったので、どうにか国は保っていた。しかし、その陸遜が274年に病気で亡くなってしまう。
279年、晋帝国軍は、六方向から呉帝国に侵攻した。呉は勝てるはずがなく、翌280年に、孫皓は降伏、呉帝国も滅亡するのであった。
こうして、魏、蜀、呉の三国はすべて滅亡し、晋による中国統一が実現した。約百年にわたる動乱の時代に終止符が打たれたのである。
だが、平和な時代はそう長くは続かない。晋帝国もまた内部分裂をはじめ、内乱となるのだが、それはもう「三国志」の物語ではない。
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