張飛は戦場で武勇を振るったが酒を飲んでの悪癖がひどすぎる


劉備を誘って世に出る契機となる
三国志のなかでも屈指の剛勇を誇る張飛は、「劉備」や「関羽」と義兄弟の契りを結び、ともに蜀の国を興したことで知られる。

同じく武勇に秀でながらもどこか落ち着いた関羽とは違い、張飛は短気で荒っぽい性絡をしており、また無類の酒好きで失敗も多かった。しかし、そんな庶民的な人柄に親しみを感じるのか、中国の民衆のあいだでも人気が高いそうだ。

張飛はもともと肉屋を生業としていたが、天下が乱れて黄巾の乱が起きると、義兵の募集に応じて従軍しようと考えた。このとき、立て札の前でひとり嘆息する劉備を見かけると、「大の男が国家のために力も尽くさず、ため息をつくとは何事か」と声をかけ、ともに旗揚げしようと誘ったのである。

劉備は大志を抱きつつ、天下の豪傑と交わることを好む人物であったが、もともと温厚な性格であった。もし、このとき張飛と出会わなかったら、劉備が表舞台に現れるのはもっと遅くなっていたのかもしれない。


たったひとりで大軍を退ける
元来気が短い性格だった張飛は、酒を飲むと自制がきかなくなる悪癖があり、「呂布」が徐州を乗っ取るきっかけをつくってしまうなど、失敗も多かった。

しかし、武勇にかけてはやはり一流で、のちには計略も使うようになっていく。 とくに「曹操」率いる大軍の前にたった一騎で立ち塞がり、一時的にせよ撤退させた「長坂の戦い」でのエピソードは有名だろう。

10万にものぼる民衆を引き連れて逃亡する劉備は、やがて曹操の大軍に捕捉されてしまった。曹操の追っ手を防ごうと張飛は単身で長坂橋の上に陣取ると、数少ない部下の馬に樹木の枝をつけさせ、林の中で土煙を上げさせたのだった。

曹操軍が橋に到達すると、単身で橋の上にいる張飛と奥の林にあがる土煙を見て、計略があるのではと疑って進軍を止める。やがて曹操も到着したが、かつて関羽から「張飛は袋の中から物を取り出すかのように、百万の大軍の中から大将の首をとってくる」と聞いていたため、慎重になって手を出さなかった。張飛の剛勇には、あの関羽ですらも一目置いていたのである。

曹操がきたことを悟った張飛は、虎髭を逆立てた凄まじい形相で、「命がけで勝負しようという昔はおらぬか!」と雷鳴のような声で呼ばわった。

すると、あまりの気迫に恐れをなした大将のひとりが肝を概して落馬し、曹操も思わず馬首をかえして逃げ出すと、兵士たちも一斉に逃げ出してしまったのである。

このように張飛は数々の戦場で武勇を振るったが、酒を飲んでの悪癖は直らず、最期は酒に酔ったところを味方の兵士にとらえられ、斬られてしまった。


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