「三」という数字が三国志時代の面白さの秘密

三の力学を利用する
「三」という数字は、「三国志」の非常に重要なキーワード、マジック・ナンバーである。
なぜ「三国志」が面白いかというと、この「三」の数字と関係がある。もし、魏と呉の二国だけでは決してこんなふうに話はふくらまない。

三国の力学、三つの国の間になると、とたんに関係がダイナミックになり、深まる。黒か白か、マルかバツかではない。その間に複雑な何段階もの色があり、それが常に流動的に引き合う。そこに複合的で対立的な緊張関係が生まれる。

「三」という数字の不思議さは、たとえば兄弟を考えてみるとわかりやすい。二人の場合は、こうすればこうなるという決まりきったパターンができあがる。仲が良いにしる悪いにしろ、形成される関係は単純である。ところが三人兄弟の場合は、あるときは下についたほうがお菓子が多くもらえるとか、あるときは上と組んだほうがお小遣いが有利だとかそれぞれの知恵が生まれる。

政治が始まる数字が「三」なのだ。
よく新聞をにぎわす男女の三角関係も、「三」の関係だから面白い。
完全に固定化した男と女なら、二人で勝手にしなさいというわけで、面白くも何ともない。そこへもう一人入ってくるから、関係が複雑になってドラマが面白くなるのだ。

国際社会に目を転じれば、戦後、米ソ二極構造という時代がしばらく続き、その間は、ヨーロッパも日本もまったく国際的立場は弱かった。そういう点では非常につまらない時代だったと思う。

頭ごなしに何でも米ソが決めてしまうからだ。アメリカが勝つか、ソ連が勝つかという関係だけしかない。他の国はそれに従属し、結果を待つだけである。その後、非同盟諸国が出て来たり、日、米、欧といった三角関係ができたり、中国が出てきたりすると、俄然、国際政治は面白くなってくる。

今、ジャパン・バッシングなどといって、日本が経済摩擦で叩かれているが、これもある意味では国際社会が非常にクリェイティブになったための現象といえる。

「三国志」の面白さに通じる日本の戦国時代、信長、秀吉、家康の時代も、やはり「三」の時代だった。
この場合も、この三人がいるから、話が非常に面白くなる。誰か一人でも欠けていたら後世、この時代がこんなにもてはやされることもなかっただろう。

魏の曹操は、行動的にも考え方にも信長的なところがある。呉の孫権は、重厚な、落ち着いた人格者タイプで、徳川家康に通じる。

では、秀吉が蜀の劉備かというと、そうはうまくいかない。秀吉に近いのは晋建国の基礎を築いた、諸葛孔明のライバル司馬誌(仲達)である。司馬誌は、知恵者で、決断力と柔軟さをもち、曹操の下でじっと機会を待って、最後に権力を握る。
信長と秀吉の関係に通じるものがある。

日本と三国では若干のズレはあるが、いずれにしてもこの「三」という数字が、「三国志」の面白さのエキス、秘密になっている。これが「二国志」だったとしたら、負けたほうが「悪」だというたんなる勧善懲悪の物語になってしまうだろう。

「三」という数字が『三国志』の面白さの秘密だと述べてきたが、ただ面白がるにとどめず、このナンバーの深味をぜひビジネスの知恵として活用してほしいも勝負ごとは、一対一の関係だと、勝つか、負けるかしかない。たとえば、上下関係がしっかりしている職場の中で考えると、上が勝つに決まっている。

しかし、ここに「三」の力学をもちこむのである。一方が二になれば、上に対しても勝てるチャンスがふくらむ。一見、決まりきった関係に見えるものに、面白い変化球が投げられるし、大きなチャンスが広がってくる。

一対一で上司に立ち向かったり、二項関係でビジネスしている人間は、戦術的にみて、大変不利である。負ける勝負を毎回挑んでいるようなものである。

ここにこそあの「三国志」の「三」の力学をもち込むべきなのだ。特に強い相手に対しては。別の人間と付いたり、離れたりしながら、二項関係を三角関係にもちこみ、相手の行動や思考をややこしくしてしまう。

たとえば、あるセクションの中で、あるテーマについて対立があったとしよう。
そんなときは深く関わりながら、自分はあまり発言しない。そうすると、やり合っている同士が、いきづまれば、必ず、「お前はどうなんだ」という話になる。ここであなたの発言は完全にキャスティングボードを握ることになるのだ。

諸葛孔明が立てた、あの有名な「天下三分の計」こそ、力をもたないビジネスマンが学ぶ、勝利の極意である。そして、力のある者は逆に、できるだけ二者関係を維持し、力関係をシンプルにしておく必要があるのだ。