中国

三国志について

三国時代(さんごくじだい)は、中国の時代区分の一つ。広義では黄巾の乱の蜂起(184年)による漢朝の動揺から、西晋による中国再統一(280年)までを指す。狭義では後漢滅亡(220年)若しくは三国が鼎立した222年から晋が天下を統一した280年までを指す。最狭義では三国が鼎立した222年から蜀漢が滅亡した263年までを指します。 229年までに魏(初代皇帝:曹丕)、蜀(蜀漢)(初代皇帝:劉備)、呉(初代皇帝:孫権)が成立、中国国内に3人の皇帝が同時に立った。三国時代については、陳寿が著した『三国志』、明代に書かれた『三国志演義』および、さらに後世の三国時代を扱った書物によって、広く知られています。

三国志はなぜ日本に広がったのでしょうか?

最近人気なのが三国志です。特にアプリやゲームなどで三国志に関わるものが大変人気であり、多くあります。三国志はなぜ日本に広がったのでしょうか? 中国史がなぜここまで広まったのか疑問に思う人もいるでしょう。 そして日本で人気がある理由はなになのでしょうか?

中国で、歴史小説としての『三国志演義』が誕生したのが明代になります。 日本では室町時代です。 『三国志演義』が日本に最初に伝わったのがいつかは分かっていません。 おそらくは、日明貿易などによって室町時代中には伝わっていたはずです。 ただし、流行していたということはなさそうです。 江戸時代初期に、湖南文山がこの『三国志演義』を翻訳し、『通俗三国志』を刊行しました。これがヒットしたことが、日本における三国志に流行の第一歩といえるでしょう。 歴史書としての『三国志』は、おそらく飛鳥時代から奈良時代までには伝わっています。

遣隋使・遣唐使のような中国との交流によって、中国の歴史書も伝えられています。 日本では、漢文(漢籍を読みこなすこと)は貴族の教養でしたから、『史記』や『三国志』を読んでいても、不思議はありませんでしたし、馴染みもあったわけです。 実際に江戸時代に三国志がある程度流行していたことをうかがわせるものに、浮世絵の武者絵があります。 例えば、歌川国芳の武者絵には、水滸伝や三国志をモチーフにしたものがあります。 現代の三国志ブームの先駆けとなったものは吉川英治の『三国志』でしょう。 『三国志演義』の翻訳ものではなく、日本人向けにアレンジを加えられた内容が、大衆小説として受け入れられたといえるでしょう。今も読み継がれている、名作ですが、連載されていたのは、意外なことに1939~43年という戦争中でした。

三国志の武将たちの中で一番強いのは誰?

三国志の武将たちの中で一番強いのは誰か、これは非常に難しいテーマです。武力なのか知力なのか、はたまた魅力なのか、何を基準に強さを示すかがポイントになってきます。登場人物それぞれに個性があり、伝えられる歴史があります。そこからひも解いていきましょう。

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三国志の武将人物事典

三国志の武将人物事典です。三国志に登場する人物はたくさんいます。有名な人物なら簡単かもしれませんが、覚えるだけでも大変な労力が必要になります。出身地、魏・呉・蜀など所属から、人物の歴史の解説もあるので、疑問に思ったら確認してみましょう。

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