司馬炎は司馬昭が敷いた路線を引き継ぐだけだった

司馬炎
236~289年
しばいの次男である司馬昭の長子。265年帝位を目前にした司馬昭が呉討伐の進軍中に陣没したため、晋王と相国の地位を引き継ぐ。

その路線をそのまま継承して魏より禅譲を受け、晋の初代皇帝となった。その後、呉を討伐して天下を統一し、三国時代に幕を下ろした人物である。

ただ人物としては、傑出したところはなく、天下の統一後は政治に興味を失い女色に溺れる。また弟である司馬攸との確執により、晋の分裂の遠因を作ってしまうなど、帝王としてもあまり優秀ではなかった。

結局のところ、彼が司馬家を継いだとき、すべての路線は敷かれていたのである。魏からの禅譲も、呉の征伐も、司馬昭が自分で執り行なうつもりであり、そのための準備はすべて整っていた。

司馬炎の功績ともいえる、晋王朝の設立と天下の統一は、司馬昭の代理であったのだ。
彼自身は平凡な男であり、特筆すべき部分はあまりない。そんな男が英雄、豪傑、名将、軍師たちが数多く現われては消えた三国志の最後を締めくくるあたり、ある意味、皮肉が利いてて面白い。
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