黄夫人(黄月英)は諸葛亮孔明の妻で発明の才能があった

才能で選ばれた妻
諸葛亮の妻で、本名は不明。のちに伝承の中で、黄月英という名前が創作された。他に、黄えん貞と呼ぶ場合もある。

諸葛亮が襄陽県隆中に滞在していたころ、地元の名士である黄承彦が諸葛亮に「妻を探していると聞いたが、私には醜い娘がいる。赤毛で色黒だが、才知は君にお似合いだ」と縁談を持ちかけてきた。

諸葛亮が了解したので、黄承彦は娘を車に乗せて送り届けた。これを聞いた郷里の人は「孔明の嫁取りを真似るな、黄承彦の醜い娘をもらうはめになるぞ」と笑い話にしたという。

諸葛亮は自ら範を示すため、質素な生活をしていたので、黄夫人もやりくりしながら夫を支えたと思われる。諸葛亮が没すると、あとを追うように亡くなった。

諸葛亮が妻に選んだからには、何か特別な理由があるに違いないと、黄夫人に関してさまざまな伝承が生まれる。黄夫人は発明の才能を持っていて、からくり人形や木牛流馬を発案したともいわれている。醜いとされる容姿に関しても、実は外国人だった、醜く変装していて実は美人だったという話まであるくらいだ。


美貌の持ち主だった…
湖北省群衆芸術館が三国志に関する民間伝承をまとめた『三国志外伝』に、諸葛亮の嫁取りの話がおさめられている。それによると、諸葛亮は若い頃、一日中読書に励み、ほとんど外出をしないで数年を過ごしていたので、20歳を過ぎたのに、気に入った嫁が見つからなかったとある。

黄承彦は、ひとり娘のえん貞を諸葛亮に嫁がせたいと思い、共通の友人である崔州平に仲人を頼んだという。黄えん貞は「赤毛で色黒のあばた面」と噂され、諸葛亮はこの縁談を引き延ばしていた。そこで黄承彦は崔州平に「我が家に手に入れたばかりの名画があるので、諸葛亮を誘って来てほしい」と頼んだ。

崔州平に誘われて、諸葛亮が黄家にやってきた。入ろうとすると、中から大きな犬が飛び出してきた。驚く間もなく、今度は後ろの扉から虎が飛び出した。諸葛亮が逃げ出そうとすると、崔州平が引きとめた。

よく見ると、どちらも木でつくられたものだった。黄承彦はふたりを招き入れると、茶を持った給仕が現れた。この給仕も木製であった。諸葛亮が「先生のからくりのお手並み、感服いたしました」というと、黄承彦は「娘のいたずらですよ」と答えた。

諸葛亮は、黄えん貞は並の娘ではないと考えを改め、深々と頭をさげて結婚を願い出た。

やがて、吉日を選んで諸葛亮と黄えん貞は婚礼をあげた。その夜、諸葛亮が花嫁のかぶりものを取ると、そこには花のように美しい顔が現れたといわれている。

黄えん貞は、幼い頃からあらゆる伎芸を学んできたが、結婚相手は、外見だけでなく、自分の才能を認めてくれる人がいいと思い、醜女という噂を流していたのだという。


広告
この記事を見た人は、一緒にこんな記事も読んでいます!